三之逕

 本テキストは明倫館の儒学者であった瀧鶴台が儒老仏三教の性質を説いた著書をネット上で閲覧できるように編集したものです。より多くの方に瀧鶴台の事績を示すために作成しました。
 長周叢書(村田峯次郎編、マツノ書店刊)所収のものを参考に、 仮名遣い・句読点は必要に応じて適宜現代風に直しました。また、萩図書館などの写本によっては字句に多少の異動があるようです。
 また文と文の間には独断的に難読単語の注を付しています。



三之逕序 (原文漢文の訓読)

書に曰く礼を以て心を制す。味なるかな言や。蓋し礼の心を制すは制すべからざるものなし。但し周の衰より礼儀は地に揮うのみ。賢者有りと雖も之を制する所以の術を獲ず。是に於いて始めて治心安心を倡う。老荘儒仏の説、各(おのおの)の道、見る所古時に違うと雖も已むを以てすべからざるなり。今、数家を夷考す。其の理高妙に至り繊悉遺さず。仏氏の学斯に最も為す。又今人の知らざるべからざるところなり。瀧君弥八、学は百家を究む。往年、死生安心の説を問う者有り。書を以てこたう。其の括家大要列眉、啻にせず。且つ言の徒に死生安心を論じて仁沢物に及ばざるは仏老容れず。後学を規箴すること深切と言うべし。読者三隅を以て之に反せざれば則ち焉んぞ瀧君の言何物にも折中することを知らんや。

宝暦四年冬十二月 長門 秦守節

啻:〔ただ〕そればかりでなく・・・ない
規箴:ただしいましめる



三の逕序(以下原文和文)

予、天性懶惰にして徒に年月を送り犬馬の齢ひ積もりて今年而立に及びぬ。熟(つらつら)思ひみるに、人間の一生は白駒の隙を過るより速にして、行水と共に待てふ事を聞こす黒髪の乱れ心其儘に、棘の雪を戴き盛とみし花もいつしか青葉の梢紅葉して霜の枯れ枝と移ふ有涯の身を以て無窮の間に託す渺たる滄海の一粟と東坡が云いけんも実にさる事ぞかし。たとひ古希の齢に至るも今四十年の過るは春の夜の夢なるべし。富貴栄華は苓通にひとしく身後の名も生前の酒にしかずとかや聞こえて、名を求め利を貪りて何かせんさハいヘ人として草木と同じく朽果てなんは誠の人とやは云べき。世の助、人の為にも成てこそ天地の心にも叶い世に生まれたるかいはあらめ。さりとて数ならぬ身のいかで世の助とはなるべき。小節に拘り辺幅をおさめ身を持つ事石仏のごとくして愚者の目を悦ばしめ世俗の誉を買得るとも人の為一文の銭に直らじ。さらば貧しきを救い乏きに施さんも家を整ふる方便だになければいかで心に任せん。しかし学び得たる端々を世の人にも伝え、独得し楽を心あらん人に告しらせてんは自からか天地に背かず世に立る志ならんかしと、夜半の灯火に向い筆を吻りて人の問に答え侍るものならし。

享保戌午春   鶴台山人序 

渺:〔ひょう〕はるか みずがひろびろとはてしない
苓通:みみなぐさ・おなもみ?「こぼれる」と訓ずるサイトあり
   おそらくしぼみ落ちる意か




三の逕(原文和文、一部漢文部分は訓読に改め、また句読点を付した。)


○生死の沙汰安心の儀に付、聖人の道と仏老の道の大略、御尋ね仰下され候。聖人の道は天下を治め安んずるの道にて候故左様の沙汰さのみ之無き事に候。易経に精気は物となり遊魂は変を成すと之有り候。廟を立て、壇を築き、在るが如く祭る時は其の所へ鬼神舍集り候。是を精気為物と申し候。祭る人もなく舍るべき所もなき魂気は、天地の間に遊行して様々の災いをいたし候。是を遊魂為変と申し候。故に古の聖人、鬼神祭祀の礼法を定め置かれ候。奥深き道理ありて委しき事は平人の知られざる儀に候。孔子もいまだ生をしらずいづくんぞ死を知らんと宣い候。生前の事さえ知りがたく候。まして死後の事はしられぬ儀にて候。聖人の道は天を敬うを第一と致し候。鬼神を祭るも天を敬う心にて候。天は蒼々として測り知られね物に候。日月星辰の繋がり、霜露寒暑の往来、風雨雷霆の変、いかなる訳ともしらず奇妙不思議なる物に候。其内に生ずる人に候故、専ら天を敬い候。凡そ天地の間の事一切萬事皆天の仰せ付けにて候。されば人として死を悪み生を好み貧賎を厭い富貴を願い、福を悦び、殃を嫌わざるはなし。されども、生死寿夭吉凶禍福富貴貧賎、皆天より受け得たる命数之有り。ひとつとして人心に任せず候。或は父祖の余慶により生れながら富貴貧賎もあり。或は貧賎の家に生れ、後に富貴なる有り。富貴の家に生れ、後に貧賎なるあり。是皆天命にて候。天命を受て富貴なる人は富貴相応の天職あり。奢を尽し楽みを極むる為の富貴にはあらず。我身の逸楽を専らとして世の歎き民の愁を顧みず、宮室衣食玩ぶ翫好に金銀を費やし酒に耽り色に溺れ乱舞遊獵に荒みて國政家事の天職を忘るつ人は天誅を免るる事能わず。或は國を亡ぼし家を失い、或は其身早く死して子孫なし。是皆天命をしらず天福を嗇まざる人にて候。天福を嗇まざる人にて候。天福を嗇むとは、天より我に授け給ふ福分に大数の限りあり。其福分を大切にしてみだりに取遣はざる時は我一生に受尽さずして、其余慶子孫にも及び候。譬えば金銀の如し。一生に何百貫と限りたるに其限りをしらず。むざと取遣う時は一年二年に遣い果して其後は一銭もなき貧者となり候。又其金銀を大切にしてむざと遣ざる時は我一生に用い余りて子孫までも伝り候。天道は福善禍淫とて、かりそめにも善事を好み人の為世の為になる人は天より福を授け、悪事悪心をさしはさみ不義放逸なる人は天より禍を降され候。善悪の報其身一生に限らず先祖の福禍子孫にも報い候故に積善のいえには余慶あり、積不善の家には余殃ありと周易に之有り候。か様の道理を能合点して善を修し悪をいましめ天命にそむかず今日人々のすべき事を勤めて其以後は天命に任せ置候を君子の安心と申し候。才知器量ありて高官重禄を得べき人なれども用ゆる人なきは天命なり。保養を能しても死ぬるは天命なり。倹約を守り無用の費をせざれども不慮の事有りて貧窮になるは天命なり。身に罪咎なけれども君父の難に忠孝の為に身を果すは天命なり。貧賎に居りては貧賎を天命ぞと安んじ、其の分際相応に候べき事を力の及ぶ程勤めて其の上は吉凶を天命に任せ心を苦しめず楽しみを失わぬを命を安んずると申し候。此外に安心の沙汰之無く候。

舍:やどる
嗇:おしむ。



○仏家には天命を破して因果を説き業報を談ず。三受引満輪廻転生とて一切の生死苦楽皆業因の所感と観ず。一生の念に引れ生れ替り死かわり三界にさまようを生死の海に漂うと云う。一念五百生繋念無量劫とて一念多念の執着によりいつとなく生死輪廻を出る事あたはず。生死の源を悟り心性の根本を見付て常に無念無想にして永く生死を離れ因果にまつわれす慈悲の心をもって衆生済度の願を起し形を種々に変し異形異類の行をなしてもとかく衆生の利益になるを請願とする人をほとけとも菩薩とも申し候。心湛然として清き水のごとく明なる鏡の如く一点の曇なく眼前の虚空のごとくなる所を真如界と云い法性と云い法身如来と云い水の如く鏡の如しと云うも始の譬喩にて至極の儀にはあらず。心の根本は有にあらず無にあらず色もなく形もなく仏もなく凡夫もなく迷もなく悟もなく煩悩もなく菩提もなし。山河大地草木禽獣森羅万象一切諸法皆心の所現にして奇妙不測言句の及ぶ所にあらず。心を離れて世界なく世界を離れて心なし。心の外に仏衆生もなく心の外に過去未来現在なし。譬えば鏡の如し。影を寫すを以て鏡有り。鏡の外に影なく影を離れて鏡なし。かげはかがみの影にして鏡は影の鏡なり。心は法の心にして法は心の法なり。(法は一切諸法なり。)其心即人々本具の仏性にして、一切衆生本来成仏と云う。有無色相を離れたる心なれば成仏と云うも得る所無く、悟と云うも得る所無きなり。唯本来の面目心源を悟りて成仏するなり。成仏したりとて再此へ生れず死ざるにはあらず。生死に心を動せず、生は生に安んじ死は死に安んじて生死ともに無念無想なるを生死輪廻を離るると云う。是、法住法位世間相常住とて此世界はいつまでも此世界なり。此世界の外に別に世界もなく、生死を離れて別に行き先もなし。無念無想と云うも一生の間何事をも思わす無きと、念を起さぬにはあらず。もし左様の人あらば死人に同じく影を移さぬ鏡の如し。念々生じてやまず喜にあえば喜こび怒るべき時は怒る。是即ち真心の妙用なり。されば六祖は百の思想を断たずと云う。伝心法要には縁に遇は随て応じ縁息は則寂なりと云り今の念暫くも止まらず、未来の念また無にしもあらず。是を不生不滅と云う。心に生死涅槃なし。生死即ち涅槃なり。心に迷悟真妄なし。煩悩即ち菩提なり。假の世を常住なる物とおもい此世界を安楽なりと思い人我の相を立て此身を浄き物と思う心性の源をしらざれば常楽我浄皆顛倒なり。悟れば則ち此世此身其のまま常楽我浄なり此を仏の四徳と申し候。教家には空假中の三諦有門空門非有非空亦有亦空の四門を立て、一心三観一念三千など様々の名数階級あれども畢竟は非三非一實相中道の理に極りて煩悩即菩提生死即涅槃を至極とす。密家には諸法本不生の理によりて十界の当体を直に毘盧の身土とし、凡夫の三業を即ち仏の三密とする故に即身成仏と云う。禅家には纔に文字言句に渉れば妙心の当体にあらず。階級を歴て修行に日を暮すは手ぬるき故直に人々自具の仏性を見付て成仏す。故に直指人心見性成仏と云う。諸家種々の異説あれども皆仏説なり。五時四教大乗小乗など暫く差別ありといへども眼明らかなれば皆大乗なり。眼なければ皆小乗なり。唯有一乗にて法に二つはなし。只是一音なり。人根に利鈍あるのみ。修行の所は戒定恵の三つにあり。戒律を持ち禅定に入り知恵を琢くや、或は数息観水観月輪観阿字観などの観法あり。或は経を読み仏名を唱へなどして要念妄想を払う方便とす。仏は紫摩黄金の膚、極楽は西方十億万土にあり、蓮の花に登るなど云うは皆方便の説なり。地獄餓鬼畜生等の六道も極楽も皆一心の所現にして心の外には何事もなし。故に経には去此不遠と云う。大原問答には、極楽とは無想国なり。往生とは頓悟発明の名なりと云り、畢竟の所は心性を明らめ生死苦楽に心動かさず、平生心に事をさしはさます事をなすも無心にしてなし、萬事に執着なく罪業を結ばぬを安心とするなるべし。

纔:僅
毘盧:ビル。毘盧遮那仏。原文では田+比。


○老子荘子の道には因果の沙汰なし。一切萬物生死寿夭皆自然な道理にて天のなすにもあらず、我なすにもあらず、自ら生じ自ら死す。是を物化と云う。天地の間は譬へば四方六面の箱の如し。其内に一気遍満して自然に聚りて人となり禽獣草木となり、自然に散じては形滅して残らず。形は尽れども気は尽る事なし。聚りても天地の内にあり。散じても天地の内にあり。聚るも散ずるも我に於いて損益なし。何ぞ悦ばん。又何ぞ愁まん。生は我が苦労すべき時節なり。死は我が休息すべき時節なり。死ぬるというは大きなる家の内良能寐入たるが如し。人の一生は夢のごとし。吉凶禍福貧富貴賎も又夢なり。夢中に夢を見て其の吉凶を占う。占うもまた夢なる事をしらず。天地の鑪(たたら)、造化の治工、陰陽の炭を以て萬物の銅を鋳出す事なれば聚散定りなく変化測りがたし。変化とは様々に移り替わる事にて、生れたる者の死し壮なる者のおとろへ菜蟲の蝶となり鳩の鷹となり雀の蛤となる類なり。人も生まれぬ先きはいかなる物なりけん。死たる以後は馬になるべきや、鼠になるべきや、木草になるべきや、我しらず。唯其の日々々の我が分際を安んじて外を求めず、心を痛めぬを道とす。死生も亦大なり。しかも是を変ずる事あたはずとて生死ほどの大事なれども曾て心を動かさず。まして其の外の苦楽貧富にこころを動かさんや。是を安心とするなるべし。右、生死安心の沙汰、聖人の道仏家老荘家の大意、此の如くに候。猶此の外に大切の心是有の事に候。成人の道は天下を安んずる道にて候故、仁徳を第一といたし、仁徳と申すは世界の人を我が子の如く不便に思い、人の為に我が身の難苦を厭わず世を助け人を救い候を仁徳と申し候。仏の道は慈悲を専らと致し候。慈悲と申も一切衆生蟲蟻草木までも我身に替て憐愍する事にて候。道家には無我無欲にして物と争わざるを第一と致し候。無我とは一切萬物を我と同体一身なりと思いて人をそだて我身を謙る意にて候。さればいか程身の行なひ宜しく心正しく候ても世を助け人の為になる志なき人は無用の人に候故、賢人君子とは申さず候。生死の源を悟り心性を明らめ候ても衆生済度の志なきを声聞心と申し候。たとい五逆十悪の罪人は成仏するとも一度声聞の見に堕せし人は成仏なりがたしと仏も説き置かれ候。道術を学び長生不死の旨を明らめ候ても萬物一体の心得なく我を立て私欲ありても虚無自然の道にはいたらず候。然れば孰れの道にも我を捨て世を救い人の為になり候を第一といたし候。此の心得之無く候ては生死安心の沙汰も無益の至に候ゆえ乍序申進め候。猶又御不審も候はば仰蒙す可く候。仏老の道、大略は右の通りに候へども猶委しき事は其の家々の人へ御尋成さるべく候。以上。

乍序:ついでながら
仰蒙:おおせこうむられの意か




○蒋詡が竹下の逕は塵外の友唯二人ありとて漫に行通う人なし。陶淵明が松竹菊の逕は別に一家の乾坤をなして或は危き邦を去り、或は不義の禄を食べざる高尚の樓なり。予が三逕は然らず。中華に聖人の道あり。黄帝老子の道あり。仏の道あり。黄老の道は昔より許由巣父卞隋務光などの如く世を離れ俗を絶輩あり。老子荘子列子に至りてに至りて書を著して其の旨を述べたり。静清無為を宗とするゆえ、前漢の文景帝の如く其の道を以て国家を治めし人もあり。晋の代に専ら虚無の空理を談じ一種の風俗をなせり。支道林竺道生道林竺道生道安僧肇の輩、皆清談に預かりて老荘の文字をかり仏理を明せり。後世又道観あり。道士是に居る神仙不死の道を修し祈祷追福を業とす。牛不度大洋海とて此方には道教なし。陂V荘の書を読みて其の道を慕う人有り。仏道は秦漢の時経像梵僧等来たりしより後南北朝に至り、其の道大に弘通せり。道観仏寺道士僧人大むね似寄たる者なるゆえ常に道釈の争いあり。北朝魏周の代、仏法を破滅せしも皆道教を荷担せしゆえなり。儒者の仏法を破するは、梁の荀済、唐の傅奕、韓愈等なり。是皆其の旨趣ありて一概の論にあらず。宋朝の諸儒、異端なりとして一向に論破せしは其の性理の学仏法に似寄たるゆえなり。いづれの道も末流に至りては獘なき事能わず。其の獘のみを挙げて是を謗るは不情の甚しきなるべし。諸子百家孰れも人情に本づき物理を推て建立したる道なれば、その短きを捨て長を取らば何ぞ其の益なからん。君に仕え、父母に事り、国天下を治め、家を整うる事は聖人の道を至れりとすべし。或は愚俗を勤化し、かたましき嫗嬢を誘はんには地獄天堂の教も何ぞ不可ならん。或は世に望なく又は時にあわず年老て家を譲り勤むる業なく常に徒居せん人の仏の道に入り老荘の教を学ばんは誠の楽みなるべし。又此方の儒者は六経を明らかにし博く古今に通じたる人も其の道を世に行う事難ければ常の士大夫とは様替わりて出家道士の類なれば、何ぞ其道の同じからざるを論ぜん。さらばとて三教を一致なりとするは林子が陋見なるべければ、心あらん人其の好む所に任せて各其道に入るしるべともならんかしと拙き筆に載るは誠の逕なるべし。


※そもそも「三逕」とは、漢の蒋詡(しょうく)が庭に松菊竹を植えた小徑を作った故事から、隠者の住居とその庭のことをいう。陶淵明の『帰去来辞』等にも引かれる。
絶輩:おそらく 比べない、並べない、同列に扱わない意か
閨F(=間)ひそかに







(了)